画家は、馬の半身を描いたところで力尽きた─
この作品は、32歳という若さで亡くなった神田日勝の遺作です。
未完成でありながら、馬の生命をこれほど力強く表現した作品は他にありません。
まぎれもなく、日勝の最高傑作と言えるでしょう。
神田日勝の没後50年にあたる2020年、東京、鹿追、札幌の3会場で、大規模な回顧展を開催します。
北海道の開拓民として、農業に従事しながら絵を描き続けた神田日勝。
その作品は、まさに大地を耕すかのように、力強い筆致で描かれています。
愛情をこめて育てた馬を病気で死なせてしまったという、
少年時代の記憶が色濃く影を落とす《死馬》。
労働者としての自分と、画家としての自分を重ねあわせ、
息が詰まるような閉塞的な空間の中に自らの顔を描いた《一人》
画家として心ゆくまで絵を描きたいと願いながら、農業との両立で、常に葛藤を抱えていた日勝。
その内面の不安を描き出したかのような《室内風景》。
神田日勝の作品には、生きることと、描くこととが、ひとつであった画家の、
喜びや悲しみ、誇りと苦悩がにじみ出ているようです。
神田日勝は1937(昭和12)年、東京の練馬で生まれました。
日勝が7歳のとき、一家は戦火を逃れ、拓北農兵隊に応募して北海道に渡ります。
入植地の鹿追に着いたのは、1945年8月14日のことでした。
敗戦によって国からの援助もほとんど得られなかった一家が、極寒の冬を幾度も越しながら、
荒れ果てた土地を開墾するのに、辛酸を舐めたことは想像に難くありません。
後に東京藝術大学に進む兄の一明の影響で油絵を描き始めた日勝は、すぐに絵画にのめり込んでいきます。
1953年に中学を卒業すると、日勝は農業を続けながら絵を描く道を選びました。
平原社展、全道展といった北海道内の展覧会が主な発表の機会でしたが、
日勝の作品は徐々に高い評価を得るようになっていきます。
1964年、東京オリンピックの年には独立展に初入選、その後も順調に入選を重ねます。
この頃から日勝の芸術は、色彩が豊かになり、荒々しい筆触が取り入れられるなど、
同時代美術の影響も取り込みながら、大きな変貌を遂げていくのです。
1970年、世間が大阪万博で盛り上がっていた頃、日勝は、農作業、制作、展覧会の準備などに忙殺される中、
体調を崩し、最後の作品を完成させないまま、8月25日に亡くなりました。32歳の若さでした。
2019年上半期にNHKで放送された「なつぞら」。
その中で、主人公なつに大きな影響を与えた画家、山田天陽は、
神田日勝をモチーフとして生み出されたキャラクターです。
ドラマに出てくるエピソードの多くは、日勝の生涯にも現実に起こったことですが、
人物造形や人間関係、そして何より描かれた作品は大きく異なっています。
本展は、フィクションの衣を剥がし、神田日勝の実像に触れることのできる展覧会です。
40年ぶりの神田日勝の本格的な回顧展となる本展では、代表作を網羅し、日勝芸術の全体像を提示します。
日勝の画風は、15年に満たない活動期間に目まぐるしい変化を遂げます。
労働者や廃棄物をモチーフにした、暗いモノトーンによる社会派リアリズムから、
農村生活の身近な物事、農耕馬や牛を緻密な描写で表現した時期を経て、色と形への関心を深め、
カラフルな色彩と明瞭な形態が躍動する大画面作品、さらに最晩年の、原点に回帰したかに見える丹念な描写へと、
大きな変貌を繰り返した日勝の芸術的展開をつぶさに追うことができるでしょう。
これまで「農民画家」という括りで語られることの多かった日勝。
しかし実際には、同時代美術とも共鳴する前衛的な画家という一面をもっていました。
本展の開催に向け、遺族のもとに残された多くの資料の調査が行われましたが、デッサン帳や蔵書など、
それらの資料が物語るのは、同時代の美術動向に鋭敏に反応し、
他の画家の作品から多くのものを学び取っていた日勝の真摯な姿です。
こうした最新の研究成果も取り込み、日勝に強い影響を与えた同時代作家として、
曺良奎や海老原喜之助、北川民次、海老原暎らの作品を併せて展示することで、その芸術の時代性と位置づけを探り、
新たな日勝像を提示します。
同時代の美術潮流や、さまざまな画家の作品を参考にしながらも、
日勝の芸術はやはり、北海道の大地に芽吹き、その風土のもとで培われたものです。
ベニヤ板に、ペインティング・ナイフで一筆一筆を刻みつけるようにして描く行為は、未開の土地に鍬を入れ、
そこを自らが生きる大地に創りかえていく、「開拓」の営みそのものであったと言ってもいいかもしれません。
刻まれた筆触のひとつひとつは、高度経済成長に向かう急速な社会変動の中で、その周縁に身を置く画家が、
自分の生きる土地で描くことを通じて、生きることとは何かを模索する、
果てしない問いかけだったのではないでしょうか。
「おまえにその覚悟があるのか」、「一人でも描いていくのか」と突きつけられているような気がした
──奈良美智(現代美術家)
[北海道新聞朝刊2017.8.14]
作品の前に立つと、絵の凄さと同時に、彼自身の衝動が伝わってきて、とても感動するんです
──サカナクション 山口一郎(ミュージシャン)
[ウェブ版美術手帖 特集「サカナクション・山口一郎インタビュー(前編)NFを語る!」(2015.6.30)https://bijutsutecho.com/magazine/interview/233]
若い頃、古本屋で買った美術書で神田日勝を知って以来、神田日勝が憧れの存在だった
──大森寿美男(脚本家)
[第27回馬耕忌吉沢亮×大森寿美男プレミアム・トークショー(2019.8.25)]
全体的に暗めで静かな絵が多いのかと思えば、なかには極端にカラフルな、パワフルな作品もあったりして。
神田日勝さんって、もしかしたら何か大きなものを抱えていた人なのかもしれない
──吉沢 亮(俳優)
[『NHKウィークリーステラ 5/17号』(NHKウィークリーステラ編集部/2019.5)]
魂がここにある、魂をここに置いてきたと感じさせる絵
──音尾琢真(俳優)
[『なつぞら紀行』(2019.9.27放送 NHK札幌放送局)]
子供の頃北海道立近代美術館で見た日勝の『室内風景』で、男の顔、徹底的な新聞の描写に衝撃を受けた。
のちの私の漫画や絵画や文学の嗜好の拠点ってこれじゃないのかと今更思った
──ヤマザキマリ(漫画家)
[公式SNS(@THERMARI1/2019.9.3)]
いえることは、この「馬」が日勝自身の「生きられなかった半生」を見るものに暗示させ、さらに「きっとこう生きたであろう」という想像を羽ばたかせる絵であることだ
──窪島誠一郎(作家)
[窪島誠一郎『最期の絵 絶筆をめぐる旅』(芸術新聞社/2016)]
無名の開拓農民が生きた三十三年の生涯は、虚名に安住している作家たちに根底的な衝撃を与えずにはおかない
──宗 左近(詩人)
[宗 左近「日本の子守唄1 北辺の農民画家・神田日勝」『時代 創刊号 特集/はじまるか?円環の時代』(時代出版社/1971.7)]
荒廃した現代のなかに生きる画家の夢とロマンスがあふれている
──久保貞次郎(美術評論家)
[久保貞次郎『小原流挿花 22巻10号(263号)』(小原流出版事業部/1972.10)]
今でこそ、機械化された大規模な牧場や農場が数多く点在する鹿追町ですが、日勝一家が入植したころの鹿追村は、
容易に人の定住を許さない、荒れ果てた大地が広がっていました。
この50年間は、鹿追だけではなく、日本全体が大きく変わった時代でした。
それでも日勝が暮らしていた頃の面影は、日勝一家の住居跡や、日勝が絵を奉納したという北鹿追神社、
遠来の友人を案内した然別湖、風景を描くために何度も訪れた扇ヶ原展望台など、鹿追のそこかしこに残っています。
鹿追町の中心部には、モダンな建築の神田日勝記念美術館が建っています。
開館したのは1993(平成5)年のこと。
《馬(絶筆・未完)》をはじめとする日勝の代表作に会うことができます。
ナビゲーターは俳優・吉沢亮さんがつとめます!
神田日勝がモチーフとなったNHK連続テレビ小説「なつぞら」の山田天陽。その山田天陽を演じた吉沢亮さんのナビゲートで、より一層お楽しみください。
プロフィール
代表作は、『リバーズ・エッジ』(2018)、NHK連続テレビ小説『なつぞら』(2019)、『一度死んでみた。』(2020)、『青くて痛くて脆い』(2020)など。『キングダム』(2019)では、第62回ブルーリボン賞で助演男優賞及び第43回日本アカデミー賞で最優秀助演男優賞を受賞した。
今後の待機作として、『さくら』(2020/11/13公開)、『AWAKE』(2020/12月公開)、2021年にはNHK大河ドラマ「青天を衝け」で主演・渋沢栄一を務める。
音声ガイド イントロダクション抜粋
2019年、NHKの連続テレビ小説「なつぞら」で、ヒロインの幼なじみ「山田天陽」を演じました。その山田天陽のモチーフになった人物こそ、神田日勝です。天陽を演じることが決まった後、僕は神田日勝記念美術館を訪れ、厳かな雰囲気の中で作品を拝見しました。32年の生涯を懸命に生きた日勝の骨太な作品の数々、どうぞごゆっくりご鑑賞ください。
音声ガイド
音声ガイドアプリ「33Tab(ミミタブ)」を使用(スマートフォン専用)
<ご注意>
公式図録
全出品作品をカラーで大きく掲載した図版ページ、
研究者による充実のテキスト、日勝の妻と兄へのインタヴュー、
日勝ゆかりの地を撮り下ろしたグラビアなど、盛りだくさんの内容です!
日勝 鹿追アートビスキュイ
日勝の絶筆となった未完成の作品《馬(絶筆・未完)》の馬をモチーフにしたクッキーです。会場で販売しているのは、回顧展開催を機に特別企画としてしつらえた「アートパッケージ」。日勝の生涯に渡る画風の変遷を垣間見ることのできる選りすぐりの作品の一部をパッケージ内でご紹介しています。
*写真の右下は「十勝、そして神田日勝」(ショップ内で無料頒布中の特別小冊子)
注染てぬぐい
職人がひとつひとつ丁寧に染め上げる「注染」という技法で
作られたてぬぐい。やさしい色合いと風合いが、
日勝の作品がもつ素朴さをひきたてています!
ステーショナリー
定番のポストカードからマスキングテープまで。
日勝作品を身近に感じられるグッズを揃えました!
ジュニアガイド
神田日勝の略歴と本展出品4作品の図版とその注目ポイント、
日勝の言葉などが書いてあるジュニアガイドです。
小学校高学年から中学生の利用を想定していますが、
大人の方ももちろん楽しんでいただけます。会場にて無料配布中。
鑑賞のおともにぜひご活用ください。
〒060-0001札幌市中央区北1条西17丁目
tel. 011-644-6881 www.dokyoi.pref.hokkaido.lg.jp/hk/knb/
一般 1,100(900)円 高大生 600(400)円 中学生 300(200)円 小学生以下無料(要保護者同伴)
前売券販売所(9/18まで)
北海道立近代美術館(9/6まで)、道新プレイガイド、北海道新聞各支社(北見は道新文化センター)、ローソンチケット(Lコード:11388)、セブンチケット(セブン-イレブン店内マルチコピー機、セブンチケットwebサイト)、チケットぴあ(Pコード:685 -332)
会場等北海道立近代美術館 講堂/定員 50名(先着順、開場は13時30分)/聴講無料
講師北海道立近代美術館学芸員
<お願い>
〒100-0005東京都千代田区丸の内1-9-1(JR東京駅丸の内北口改札前)
tel. 03-3212-2485 www.ejrcf.or.jp/gallery/
〒081-0292北海道河東郡鹿追町東町3-2
tel. 0156-66-1555 kandanissho.com/
一般 530(470)円 高校生 320(260)円 小中学生 210(150)円